蛾が生まれた8月

*あかねのイタリ珍プレー*



球目蛾が生まれた8月


イタリア・特にミラノで一人暮らしをするというのは、例えイタリア人であっても経済的に難しい。

30代になっても家族と一緒に暮らす、これはごくごく一般的な普通の家庭だ。
まあそれ以前に、イタリア人・特に男性はやたらマザコンなのであるが。

私ももちろん滞在する際はイタリア人のおばちゃんとのシェア、あるいは他の日本人などとのシェアだったりする。
それでも、一緒に暮らしてはいてもあくまでも同居者というだけ、自分の事は自分では当たり前。

けれども、とある8月、本当の、正真正銘一人暮らしの状態になることがあった。

1ヶ月も、ミラノでの一人暮らしが体験できるわけだ!

その間の私は、というと・・・色々旅をしたり家を掃除したりと、一人の生活を楽しく過ごしていた。

ただ、数ヶ月前から悩んでいたことがたった一つだけあった。

それは、「虫」。

なーんとなんとイタリアは虫帝国なのだ! 都会のミラノでさえ、そうなのだ。

とにかく多い!そして凶暴。

何をかくそうこの私、虫が何よりも苦手。

幽霊より、雷より、9回裏1アウトサヨナラのチャンスで自分がゲッツーをするより

何より、恐いものとは、虫、なのだ。

環境や食生活も合っていて精神的にも楽なイタリアでの生活の中で、これだけは本当に・・・「まいったなあ・・・」の一言。

最も恐ろしきはあの蚊たち・・・イタリア語でザンザーラというのだけど。

口にするだけで周りの人間の顔を歪める、黒魔法的な言葉。

イタリアのザンザーラは数が多いだけではない、驚異的に強くて刺されたら最後、その場所はぶっくり真っ赤に腫れる。

そして言葉では表現できないくらいにかゆい。

免疫のない日本人の中には、この蚊たちのせいで熱を出す人もいるとか・・・。

しかも、なかなか日本の虫さされ用のかゆみ止めが効かない。

だけども中国人は、さすが!!である。

その当時、職場の同僚だった中国人は、

中国の(いかにも効きそうなスゴイ匂いの)かゆみ止めを持ってきていた。

借りて塗らせてもらったらそれは格段に効いたのである。

虫にまつわる怪談は、まだまだたくさんあるがそれは今度語るとして・・・。

今回語るべきその事件とは、そんな蚊たちに悩まされ3ヶ月ほど経ったある日起こった。

恐ろしきは蚊だけでは済まないという事を、嫌というほど思い知らされた。
その日私は、おっきい辞書を借りようと、日本に帰っていた同居しているお友達の部屋へと入った。

最初は気付かなかった、きゃつらが≠「ることに・・・。

本棚にかかっている白い布を開けて辞書をとり、またその布を戻した時に気がついた。


蛾が、一匹。


例え一匹でも私にとっては脅威だ、蛾はこの地球上の生物ではないと思っている。

そうやって思っている人間こそやたらと敏感に、その存在を察知したりする。

私は一匹の蛾を目の当たりにし、全身が固まっていたが、妙にその背中の方から

何か・・嫌な、気配を感じたのだ。

そろ〜っと振り向くとそこには!!

天井・壁・いたるところに張り付く蛾・蛾・蛾!

私がどんな行動をとれると思いますか?

答えは、「−!!」と息を吸い込み、すごいちょこまか歩きで部屋を出てドアをバタン!!と閉める。

そして服に蛾がついてたら死ぬ!てな勢いで服を手でバタバタとほろい、

「な、なんで・・・・?」と一人、つぶやいた。というのが正解。

少ししてあたしの中の時間が戻り、はっ!っと気付いて、殺虫剤を持ってきて表面のドアについていた蛾は退治した。

そして2mくらい離れて、なぜ蛾があんなにいらっしゃるのかいっしょけんめ考えた。

だっておかしい!彼女の部屋はそんなに開けてない!この前一度サボテンに少し水をあげようとちょっと開けただけ。

一度窓を開けたらどれだけ虫が侵入してくるかわかっているから、あまり開けたくなかったのだ。

それなのにあんなに蛾が大量発生しているのは絶対におかしい!と。

ど、どうしよう・・・このままにはしておけない。なんとかしなくちゃいけない・・・。

そう悩んで、15日くらい経ってしまった・・・・。


そしてあと数日でその部屋のお友達が戻ってくる、そんなある日。

あんな蛾だらけの部屋に帰すわけにはいかない!そう思い、私は決意が固まった。

退治してやる!!やってやるー!!

その時の私の戦闘服は、頭には帽子をかぶり口にはハンカチでマスクをし、夏には

似つかわしくないジャケットを着込み、

掃除機と殺虫スプレーを持って出陣。

(あんなカッコ・・・ほんと誰にも見せられない・・・。)

そして素早い動きでドアを開け、素早くコンセントに差込み、素早く掃除機と殺虫剤で駆除作業。

任務を終えた後はその時着ていた服を脱ぎ去り、ばたばたとほろって、新しい服に着替え一息ついた。

もうこれで大丈夫だべ・・・・。

その夜はいつもより更に安らいだ気持ちで美味しい食事とビールを楽しんだ。


そして彼女が帰ってきてその事を話した。

彼女曰く、ポプリから生まれたのかもしれないということだった。

しかもそのポプリはお気に入りだったらしい。

それ以来、私はポプリが恐くなってしばらく買ってなかった。

すっかり“ポプリ=蛾が生まれる”という思考が、頭にこびりついてしまったのだ。

決してそんな事はないと分かってはいるのだけど・・・。

しかしその後、あの時から8ヶ月ぶりにポプリを買った。

お部屋がいい匂いに包まれて嬉しい。

だけどやっぱりあの夏の事を、思い出さずにはいられないのです。

30度以上の気温があったというのに、背筋は氷点下のように寒かったあの夏を。